プロフィール

はじめまして!
当ブログ運営者のAYAです。

アメリカ駐在員の妻(駐妻)です。
現在、夫と共に駐在先企業のスポンサーで永住権(グリーンカード)を申請しています。


アメリカに根を張る覚悟で移住をして、様々な仕事に挑戦しました。今は法人を設立して雇われず雇わない一人社長をしています。

物理的な縛りがなく世界中どこでも好きな時間に仕事ができ、誰にもどの国にも依存しない、一人社長という働き方を選びました。


私にしかできない事は何か、何か役に立つことはできないかを日々模索しながら、様々なことに積極的に挑戦しています。


良くも悪くも思い立ったらすぐに行動する性格です。
お節介で人助けに生きがいを感じているので、ついつい自分の睡眠時間を削ってでも頼みごとを喜んで引き受けてしまいます。


私が当サイトを開設した理由も、今までの失敗や経験が皆さんの役に立つかもしれないと思ったからです。


アメリカでの生活は試練の連続です!山あり谷ありのアメリカ人生ですが、持ち前の運の良さと究極のポジティブ思考で、ここまでなんとか楽しくやってきました。


皆さんのアメリカ生活に素晴らしい思い出 "Amazing Moments of Life" を残すことができるよう、私の失敗談や経験を参考にしていただけたら幸いです。


そんな私の自己紹介です。

母の言われたことを素直にきく幼少期から学生時代

ごく普通のサラリーマンの父と専業主婦の母の家庭に生まれました。

祖父母とも同居をしていました。
私は三姉妹の真ん中です。


大手企業に勤めていた父のおかげもあって何不自由なく育ちました。


我が家は典型的な昭和の家庭で、父が稼ぎ、母は家庭運営と子育ての最高責任者といった感じでした。

幼少期から学生時代までは、母に言われた通りの人生を歩んでいました。Yesマンです。


高校受験では、地元で評判が良い進学校に挑戦して欲しいと母に言われ、母の希望通りの進路に進みました。


当時でも珍しく、風紀を乱す学生は私が知っている限り一人もいませんでした。

女子だけの世界は恐ろしいと思われがちですが、女子校でもイジメとか、聞いたことも見たこともなかったです。助け合い精神を持った人ばかりで、なんでこんなに良い人ばっかりなの?!って思ってました。



共学の場合、男女それぞれの役割が決められていると思うんです。例えば学園祭だと、男子は重いものを運んで、女子は装飾を担当する。


女子校にはそれがないんですよね。全て自分でやるのが当たり前でした。
共学の学園祭より、女子校の私たちの方が完成度が高かったので、頼る人がいないと人間で何でもできようになるみたいです。

男性に頼らず生きていけると思っている人が多かったせいか、母校の結婚率が低くてOG会が婚活パーティーなど開催してました。笑


高校時代の友人や環境にはとても恵まれていました。
別の進路を選択していたら、私のギブしたい精神は培われていなかったと思います。


そして母がギバーであることも重なり、子供の頃から人のために何かをすることが好きでした。

育った環境によって人格が大きく左右されると言いますが、良い面も悪い面も母にそっくりです。

まじめな学生だった割に何も残せなかった留学時代

高校卒業後の進路でも、母からの提案通りカナダ留学を決めました。


どうせ国立大学は無理だから、都内で一人暮らしして私立の大学に通うよりはカナダの田舎に留学させた方が金銭面も含め総合的メリットがあるという理由でした。


当時留学を親に反対される友人が多かった中で、頼んでもいないのに留学させてもらえたことと、父が姉と私の留学費をまかなえる収入があったことには感謝したいです。


留学中は、法や倫理に反することはせず、無事に短大を卒業することだけを母親から言われていました。


留学経験がある人は分かると思いますが、留学生の多くは若気の至りで羽目を外してしまいますよね。私はまじめ過ぎて、そのような経験は一切ありませんでした。


勉強ばかりしていた割に成績は本当に最低最悪でした。卒業できたこと以外、何も残せなかった留学時代でした。



もう一つの母との約束は、留学中に毎月家計簿を送ることでした。


同じ時期に留学していた姉は奨学金を受けていましたが、私は落第スレスレの劣等生だったので、学校から奨学金がもらえないなら節約!というかんじで、私にできる節約に命をかけていました。


3食自炊をして、食費は月にたったの1万円程度でした!スーパーで割引商品を売り出す時間を把握してました。笑


毎日パスタだけを食べているような貧乏留学生とは違って、Cookpadに助けてもらって、そこそこバランスの良い食生活をしていました。


私が留学していた2002年ごろにはすでにCookpadがあったんですよ!ふりかけやドレッシングも手作りしてました。


私は究極のポジティブ思考だったので、このときの超節約生活は全く苦に思わなかったんです。むしろ、どこにも売っていない日本食が自分で作れることに喜びを感じて、節約を楽しんでいました。

自炊する楽しさは、アメリカでの超節約生活で役立つことになります。

新卒で米系企業就職と人生の転機

短大卒業後の進路で人生の転機を経験します。


反抗期がなく素直な性格だった私が、社会人になって自己主張が強い人間に変わります。




卒業後、フロリダ州にあるテーマパークのゲストサービスでの仕事が決まりました。


私が配属になったのは、世界一入場者数が多いパーク内での仕事でした。


持ち前の運の良さで勝ち取ったポジションでしたが、実際のところ、世界一クレームが多いテーマパークでもあったので、とんでもない場所に来てしまった・・・と気づくのには時間はかかりませんでした。



研修を終え、初めてのお客様を最高の笑顔でお迎えしたときのことは今でもはっきり覚えています。


機嫌が悪そうなゲストに Can I take a rain check!?と言われました。
レインチェックの意味を知らずゲストに尋ねると、「雨が降っていてパークが楽しめないから次回使える無料券が欲しい!」と。


開いた口が塞がらないというか、あきれ果ててどう答えて良いか分からなかったです。



実はこのRain checkを求めるクレームは、雨の日お決まりでアメリカでは珍しくないことのようです。


人間性を疑うようなクレーム処理をする日々。笑。
人間の汚い部分を知りました。



アメリカでは、「申し訳ございませんでした!」から始まるクレーム対応は存在しません。


日本のように「お客様は神様」の考えはなく、あくまでも同等の立場。そんな環境で毎日苦情処理をしていれば人格が変わらない方が不思議ですよね。


アメリカ人のようなはっきりすぎる物言いで何かと文句を言う私をみて、母は、留学させたのが失敗だったと口癖のように言うようになりました。笑


それでも、世界一のエンターテイメント企業から学んだことは計り知れず、そこで知り合った仲間は一生の宝です。

13年で転職回数6回のジョブホッパー時代

帰国後に計画転職を繰り返しました。


女性はどうせ結婚したら退職するものだと思っていたので、フルタイムの仕事を13年で6社経験しました。



転職できる勇気が羨ましいと言われましたが、ゼロから異業種に転職して、新しい一歩を踏み出すことは想像以上に労力がいるんです。


でも、苦労が多かった分、得ることも多く、ジョブホッパー時代に学んだことは現在全て役に立っています。無駄になる経験ってありませんよね!


もしあなたが今「電話対応の仕事は嫌だ」「お茶だしなんて馬鹿馬鹿しい」「毎日同じ事務仕事がつまらない」などと思っているのであれば、目の前の小さな仕事に全力で取り組んでほしいです。


スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学での卒業スピーチにあった「点と点が将来繋がる話」。


ジョブズ氏は、「今経験している点は将来必ず繋がる時が来る。その時を信じて、今できることに集中することが大事」と伝えています。


やりたい仕事に挑戦するためにジョブホッパーしてきたことは、100%正しい選択だったと思っています。

与えられた仕事を極めると(極められなくても努力をすると)、そこで頑張った分、自分に必ず帰ってきます。

点と点が繋がった営業時代


夫との結婚が決まった頃、実家に戻り訪問営業の仕事をはじめました。


やりたい仕事というよりは、急に辞めても迷惑がかかりにくい近場の仕事を選びました。



普段何も言わない父がこの時だけは反対し、「訪問営業とは他に職が見つからない人がやる詐欺師みたいな仕事だぞ!」と言われました。

営業を始めてみると、実際に嘘ばかり並べて契約を取っていた営業員もいたので、父が言ったことはおおむね当たっていますね。笑



営業所には、複雑な家庭で育ち高校を卒業していない元不良少年もいました。

真面目な社会で生きてきた私にとっては、この環境がある意味新鮮でした。
大胆な行動と発言はかりしていた同僚に爆笑する日々でした。

同時に、自分の家族や環境がいかに恵まれているか、改めて感じました。



訪問営業では在宅率の高い夕方以降がゴールデンタイムです。


当時交際中だった夫からは、暗くなったら外で仕事をしないで欲しいと言われ、実は夜間は本屋などで時間を潰してました。


営業員の多くは昼間サボり、私は夜サボるスタイルでした。笑



ジョブズ氏のスピーチ通り、全くつながりのないように思えた過去の仕事の経験が全てここで繋がりました。

がむしゃらに様々な業種に転職してきましたが、無意識のうちに将来のための種まきができていたようです。


夜はサボっていましたが、稼働初日から契約が取れ、稼働2ヶ月目から営業所長に昇格するまでは、毎月営業所でトップの成績でした。


私は、人の役に立ちたいギバーで究極のポジティブ思考であったことも手伝って、営業職は私にとっては驚くほど簡単でした。

契約数はそこそこでしたが、キャンセル率とクレームの低さはズバ抜けて良かったです。


ある日、本社に呼ばれ行ってみると、そこは表彰式会場でした。


私は新人賞とチャンピオンベルトなどいただきました。


女性はほとんどいない営業職だったので、え、軍隊?って思ってしまいました。みなさん声が大きくて、自信に満ち溢れて、キラキラしていました。


死ぬ物狂いで営業をしてきた人、受賞して号泣している人、私を目標にしてきた女性などもいて、営業に対する私との温度差に正直驚きました。



営業員は数字ばかり気にしますよね。
私は、もちろん目標数字は気にしますが、競争心はあまりないので、お客様に喜んでもらうことだけ考えてました。

完全自己流でやっていたので、営業トークのスキルはイマイチです。

でも結局は、お客様を第一に考えれば、自然と結果はついてくると実感しました。



この仕事は、労働時間もストレスもサラリーマンより少なかったと思います。


時間もお金もかけて薬剤師や弁護士になった友人より、私の方がずっと楽に稼いでいました。それで、お客様には感謝してもらえるなんて、最高の仕事でした。

仕事に生きがいを感じていた時期に決まった夫のアメリカ駐在


管理職に昇格後は、どん底だった営業所をNo1に立て直しました。


営業所の目標を達成しない月は一度もなかったので、いつも献身的にサポートしてくれた営業所の仲間には感謝しかありません。


訪問営業の仕事をしたいと家族に言った時、反対していた父に「営業は無理だったら辞めればいいじゃん!」と言ってとりあえず挑戦してみたのは大正解でした。



仕事に生きがいを感じていた時期に、夫のアメリカ駐在が決まり駐妻になりました。

内心、肩の荷がおりてホッとした面もありましたが、これほど多くの出会いと経験をさせてくれた会社との別れは寂しかったです。

夫の駐在員奴隷制度のはじまり

夫が勤める米系企業では駐在員の手当や補助など一切なく、引越しの航空券代から家賃まで全てが自己負担でした。日系企業とはずいぶん違います。


移住前と比べると、世帯収入が半分になり生活費が4倍になりました。


それでも、駐在員ビザからグリーンカード(永住権)に切り替える機会を与えられたことに感謝をしていました。これほど恵まれた機会はないと思っていたんです。


いやいや実は、永住権申請=「駐在員奴隷制度」の始まりを意味していました。

仕事が断れない立場を利用し、奴隷のように仕事を振られることです。汗


夫は、1年目は休日もほぼ毎日出勤しました。

23時ごろに帰宅する日々が続いて、夕方にお弁当を届けることも多かったです。


弱肉強食の競争社会アメリカで生き残るために、夫は2年目から現地の大学院に通いはじめました。

フルタイム駐在員 + フルタイム大学院(通学とオンライン)= 地獄 でした。


夫の精神面と身体面の強さには驚きましたが、それでも仏と呼ばれるほど優しい夫は鬼のような性格になりました。汗


2年後に無事卒業してからは、仏に戻りました。笑



私の職探し難航とアメリカでの超節約生活

アメリカでは共働きが一般的です。
夫の駐在先の米系企業では、駐在員の配偶者の就職は当たり前でした。


私は留学や海外就業の経験があったので、現地就職は容易だろうと甘く見ていましたが、驚くほどキャリアつながる仕事が見つからなかったんです。


マイアミはスペイン語を話すラテン系アメリカ人が多く、日本人はたった1,000人しかいません。


日本語を使ったフルタイムの仕事など幻でした。これだ!と思う仕事は、学士や永住権が求められました。

例えば、マイアミ国際空港はアメリカン航空のハブ空港なので、何かしら私にできる仕事はあるだろうと思い問い合わせると、「日本語スキルは必要ないがスペイン語が必須で、そもそもグリーンカードがなければ応募は不可」と言われてしまいました。


結局、学士を取得するために日本の通信制の大学で学びながら、パートタイムの仕事をしました。私の年収は雀の涙ほどでした。



留学中に楽しく節約生活をしていた経験が幸いして、アメリカでの超節約生活は苦ではなかったです。私たちには夢があるので、そのための節約です。


それより、夫の稼ぎに頼る生活と就職活動がうまくいかない無力感からくる後ろめたさは大きなストレスでした。

アメリカの営業職で詐欺の被害

アメリカでは、パートタイムの仕事をいくつか経験しました。その一つが訪問営業でした。


保険会社や証券会社などの営業職のオファーが来ましたが、学士がないとアメリカでは営業職への就職すら容易ではありませんでした(営業職の学歴の条件は業界によって異なります)。


結局、アメリカでも訪問営業に挑戦してみることにしたんです。

自分の自己流スキルがアメリカでどこまで通用するのか知りたかったのと、アメリカの文化や会社の仕組みを知るには訪問営業が良いと思ったからです。



私は昼間だけの時短営業でしたが、外国人営業員の中では成績成績トップになりました。
営業に語学力はあまり関係ないようです。お客様第一主義は、アメリカでは日本よりさらに反応が良かったです。

日本人としての強みを残し、アメリカの良さを取り入れたら、世界で通用する超ハイスペックビジネスパーソンになれると確信しました。


日本での営業では、私の強みはキャンセル率の低さでした。アメリカでも同様にキャンセル率の低さは飛び抜けていました。



それが、ある時から急に、謎のキャンセルが続いたんです。

改善しても結果は悪くなるばかりでした。


ある日、同僚が詐欺の被害で会社を控訴する準備を進めていることを知りました。社長の指示で契約書が別の営業員名に書き換えられていたようです。


そして、私も被害者であったことに唖然としました。
人を見たら泥棒と思えと言いますよね。


無能な人間に使う時間と労力ほど無駄はないので、負けるが勝ちと考えて、何の迷いもなく辞めました。
被害額がどれだけあったのか、調べることすら時間の無駄だと思いました。


私のような無知な外国人は特に絶好のターゲットだったと思います。

海外で言葉や経験のハンデがあるのであれば、学び続け知識をつけるしかありませんね!


在宅ワークとの出会いとアメリカでの起業

そんな時期に見つけたのが在宅ワークの仕事でした。
米系企業の日本人専用窓口の仕事でした。


パソコンさえあれば場所も時間も選ばず仕事をすることができます。
家族が遊びに来ている時も稼ぐことができることは大きなメリットでした。


世界中どこからでもできる在宅ワークの仕事は、不安定な生活スタイルの私にぴったりだと思いました。



渡米を機にはじめたTwitterでは、配偶者の駐在や国際結婚で移住をして、就職できずに苦しんでいる人がたくさんいました。特に子育てをしながらの就職はなおさらです。

優秀な方も多く、日本でのキャリアを諦め渡航して、せっかくの能力や経験が活かされていないのは勿体無いと思いました。


私のようにリモートワークのような新しい働き方であれば、家庭や子育てと仕事のバランスを保つことが可能になると思います。


求人サイトで仕事を見つけて雇われる働き方だけじゃない!自分で働いて仕事を創ってしまおう!と思ったわけです。

一人社長の起業は個人事業主の延長で、節税以外にも多くのメリットがありますので、個人事業主を続ける選択肢はなかったです。



今はまだ鳴かず飛ばずですが、私にしかできないことはないのか、在宅ワークを広められないか、人の役に立つことはできないか・・・
など、日々新たなことに挑戦し、様々な活動しています。

今思うこと

移住後、多くの出会いがありました。

死ぬ物狂いで働いて、月収数百ドル(数万円)で生活するシングルマザーから、年収数百万(数億円)ドル稼ぐ成功者まで、どん底と頂点を見ました。


お金を稼ぐことだけが幸せだとは思いませんが、月に数百ドルしか稼げず生活保護を受けている人の生活は、はっきり言って地獄です。


自分には関係ないと思われたかもしれませんが、誰にでも起こりうることなんですよね。逆に、チャンスがあれば頂点にもいけます。



さらに、新型コロナウイルスの感染拡大は、世界を一変させましたよね。私自身も仕事がゼロになりました。


日本は豊かだ。国が守ってくれる。困ったら日本に帰ればいい・・・

そう思っていた方も、日本が安全だとは言えない(どこの国が安全などない)と思った人は多いと思います。

国に守ってもらえることを期待せず、与えられた支援に感謝して、自分の身も生活も自分で守るしかないですよね。



働き方改革が始まり、日本もアメリカのように競争社会になるのは時間の問題だと思います。

これから人件費が安い国から能力の高い外国人が日本に移住して、努力しなかった日本人は負けてしまうという時代がやってくるように思います。

さらには、自然災害や感染病など、今後も自分自身や家族を守るための仕事の基盤づくりも必要ですよね。



私自身もみなさんと一緒に成長できればいいなと思っています。


最後までプロフィールを読んでいただきありがとうございます。

03/22/2020

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